《書誌掲載》ショパン2020年4月号 ベートーヴェンをたずねて…


コロナの影響で心が休まらない日々が続いていますね。

3~6月に予定しておりました全ての演奏会が中止・延期になり、一時帰国中の留学仲間など、久しぶりに会う約束をしていた友人たちとも会えなくなりました。

 

最近はレッスンしたり(K音楽教室の方はいまのところお休みになっておりません)、論文資料を読んだり(いつものことながら難解なドイツ語に苦戦しています)、新たなレパートリーを開拓したりして過ごしています。自粛モードが解除された後のために、力を蓄えておきたいです。

 

先日発売になった「ショパン」2020年4月号に、少しだけですが寄稿させていただきました。今月はベートーヴェンの記念すべき年。今月の「ショパン」はその特集号です。

 

ドイツ留学中に、大学院の冬休みを使ってウィーンへ一人旅をしたことがありました。その際にベートーヴェンを語る上で欠かせない場所・ハイリゲンシュタットを訪れたことについて書いています。

ハイリゲンシュタットはウィーン郊外にある町の名前(現在はウィーン市内に統合されたそう)です。私がベートーヴェンの作品を演奏するとき、何度も読み返す「ハイリゲンシュタットの遺書」が書かれた地です。

 

「遺書」とありますが、実際の内容は決意書のようなもの。難聴が一向に回復せず、あと一歩のところで命を絶とうとしたベートーヴェンを引き留めたのは、他ならぬ"芸術"である…という、ベートーヴェンの力強い言葉で何度涙したか分かりません。

 

こちらで日本語訳が読めます。→ハイリゲンシュタットの遺書

 

そういえば、よく誤解されるようなのですが、「遺書」の中でベートーヴェンは「難聴のせいで作曲が難しくなり、苦痛だ」とは述べていません。彼にとって苦痛だったのは、友人たちと談笑したり、人と関わることが難聴によって難しくなることだったのです。

今ではベートーヴェンは気難しく怒りっぽい、というイメージが定着してしまっていますが、私はベートーヴェンは人が好きだったんだなぁとつくづく思います。ベートーヴェンの作品だけでなく、手紙などに残された言葉を読むと、彼のまごころ、と言いましょうか…あたたかさが伝わってくるからです。

 

 

現在はベートーヴェンの博物館になっている「遺書の家」で展示されていたベートーヴェンの髪の毛。本物です……

 

遺書の家の近くには、ベートーヴェンが作曲の合間によく歩いたと言われている散歩道もあります。ハイリゲンシュタットの町の雰囲気、空気感……その全てにベートーヴェンを感じてしまうのは少し大袈裟かもしれませんが、あの町で過ごした時間はずっと忘れられないだろうなと思います。

 

 

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